島津家久!知略に優れ島津家を頭脳で救った島津4兄弟の末っ子!

島津家久について紹介します 大名
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島津家久(しまづいえひさ)

家久は島津四兄弟の中で一番下の末っ子に当たる人物です。

今回はこの家久がどんな生涯を送ったかについて見ていきましょう。

島津家久の知名度:★★★★★☆☆☆☆☆

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島津家久の生涯!知将で知られる島津四兄弟の末っ子

島津家久は1547年、長男義久(よしひさ)と同じく薩摩の地で誕生します。

義久とは14歳が離れている兄弟です!

幼いころから優れた知能を持っていた家久は15歳の時に戦に初めて参加し作戦を立てたりなどの手柄を上げます。

こうして数々の戦に参戦した家久でしたがその中でも最も有名なのは沖田畷(おきたなわて)での戦いでしょう!

この戦いで家久は巧みに縄を仕掛けて竜造寺隆信(りゅうぞうじたかのぶ)を見事討ち取っています。

こうして家久は作戦を立て兄たちとともに次々に戦いに勝利しついに、九州統一一歩手前まで来るのです。

しかし、残念ながらここで九州攻めが始まり島津家は豊臣秀吉のターゲットにされてしまうんですよね。(^^;)

これに対し家久は「そう簡単に九州は渡すわけにはいかん!!」と20万もの大軍にひるまず秀吉と真っ向勝負をする姿勢を取ったのです!

1586年、秀吉軍の先鋒が九州に上洛した際、家久は豊後(大分県)の戸次川(へつぎがわ)で迎え撃ちます。

この戦いでは味方敵合わせると4000人もの死者を出した壮絶な戦だったのですが、家久の相手が不利な地へおびき出す作戦が見事成功し勝利した名勝負でもあります。

先鋒戦では家久並びに島津家の大勝利だったんですよね~💦

しかし、その後秀吉が大軍を率いて九州へ上陸してきたためさすがに敵わないと悟り、家久はあきらめて降伏するのでした…

降伏した1587年、同じ年の6月15日に家久は41歳という若さで生涯を終えるのでした。

 

 

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