島津貴久!島津4兄弟の父でありたった14歳で島津家の当主となった男!

島津貴久について紹介!鉄砲を合戦を使った初めての人物です。 大名
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島津貴久(しまづたかひさ)

あの有名な島津4兄弟の父親に当たる人物です。

また、キリスト教の宣教師、フランシスコ・ザビエルを薩摩に上陸させキリスト教を広めることを許した人物もこの島津貴久です。

はたして彼はどんな人物でどのような功績を残したのか。紹介していきます☻

島津貴久の知名度:★★★☆☆☆☆☆☆☆

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島津貴久の生涯!わずか14歳で島津家の当主になった!?

島津貴久は薩摩(現在の鹿児島県)の地で島津家の子供として1514年に誕生しました。(誕生日は不明)

しかし、当時の島津家は親族間でのもめごとが多く関係がかなり悪い状態にありました💦

その結果、政治もうまくいかないという事態に…

そんな状況の中で島津貴久は1528年、わずか14歳で島津家の当主の座につきます。

もちろん島津家の情勢は良くなく貴久に対して逆らう親族も出てきました。

その代表例ともいえる人物が島津実久(しまづさねひさ)。

貴久は島津家をまとめるためにこのようなさからうものを討伐していきます。

その後は領地を広げる為に大隅半島(鹿児島県東部)へと侵略し、見事成功!、薩摩、大隅を支配する大名へと島津家をまとめ上げるのです☻

ここから島津貴久は優秀な子供たちである島津4兄弟(義久、義弘、歳久、家久)に「南九州を支配せよ!」と命じ、自身は当主の座を引退し、隠居するのでした💦

1571年6月23日、58歳にて病によりこの世を去ります。

始めて鉄砲を日本で使ったのは島津貴久!?

1543年、ポルトガル人により種子島に鉄砲が初めて日本に伝えられたというのは皆さんご存知でしょうか?

そして、伝えられてからすぐに島津貴久の下にも鉄砲の情報が伝わります。

伝わってから約10年間は実践に使われることはありませんでしたが、1554年に貴久が剣城(つるぎじょう)を攻めるときの戦いで、合戦で初めて日本でつかわれたという言い伝えがあります。

鉄砲を使う戦は長篠の戦いが有名でしょうが始めて鉄砲を使ったのは実はこの島津貴久なんですよね~☻

 

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